日本パレスチナ友好協会
Japan Palestine Friendship Association

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パレスチナとは



パレスチナは地中海東部の沿岸部にあります。この地域は「日の昇るところ(レバント)」とも呼ばれて、古代にはエジプトとメソポタミアという近東の二大文明が交差する十字路にありました。

紀元前3千年頃にはカナンの地と呼ばれ、その後もユダヤやバビロニア、ペルシャ、ヘレニズム、ローマ、ビザンティン、アラブ、十字軍、マムルーク朝、オスマン帝国などの様々な政治体制の下で、それぞれに独自の文化や文明に華を咲かせてきました。常に歴史の要衝に位置してきたと言っても過言ではありません。

宗教的にも旧約聖書や新約聖書の物語の舞台となって、旧約聖書では「乳と蜜の流れる場所」と描写されています。

そのため考古学時代や聖書時代に由来する貴重な歴史的文化遺産は数多く、例えば、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の3つの一神教の聖地があるエルサレム旧市街地を始めとして、世界最古の町と言われるジェリコ、イエス生誕の地ベツレヘム、ベツレヘムの近郊のバティール村にあるローマ時代の段々畑や灌漑設備、アブラハムの墓所とされるイブラヒム・モスクがあるヘブロンなど、魅力的な史跡には事欠きません。まさしく「東西文明の架け橋」として、老若男女、国籍、宗教を問わず、ここを訪れる数多くの観光客や巡礼者を魅了し続けてきたのがこの地です。

現在、パレスチナでは、ヨルダン川西岸地区とガザ地区という地理的に離れた2つの地区を、1993年のオスロ合意に基づいて1995年に設立されたパレスチナ自治政府が治めています。

西岸地区は、イエスが洗礼を受けた場所として知られるヨルダン川を東端として、西方に広がる丘陵地帯です。北のジェニンからエルサレムを抜けて南のヘブロンまで南北は約135キロメートルですが、東西は約30〜58キロメートルと縦に細長く、東エルサレムを含めて、千葉県よりやや大きい面積です。エルサレムの標高は約830メートルですが、その東側には海抜下約400メートルの死海やヨルダン渓谷が広がります。この地域は陸地としては世界で最も低いところです。気候は主に地中海性気候で、冬には雪が降ることもありますが、非常に乾燥した砂漠気候の地域もあります。

もう一方のガザ地区は、イスラエルの南方の地中海に面した南北に細長い地域で、通称ガザ・ストリップとも呼ばれます。ここも古代エジプト時代以来、歴史に名を残してきた場所で、エジプトとシリア地方とを行き交う人々の往来があったとされます。またここにはパレスチナの語源にもなったペリシテ人が作った都市国家があったとも言われます。面積は東京都23区の約6割に当たる大きさです。こちらの気候も地中海性気候なので一年を通して温暖です。何より地中海に面した自然環境がガザの魅力と言えるでしょう。

ここに住む人々、パレスチナ人は、宗教的にはイスラム教徒だけでなくキリスト教徒が、多様性を認め合う環境のなかで暮らしています。パレスチナ人に共通するのは客人に対するホスピタリティ、日本語で言うもてなしの心です。客人に対してはコーヒーやお茶、食事を振る舞いながら、会話に花を咲かせるという「おもてなし」の精神は彼らの文化や生活に深く根付いています。
パレスチナを紹介する上で紛争の歴史に触れない訳にはいきません。20世紀初頭から周辺諸国を巻き込んでパレスチナ人とイスラエルとの間で不幸な戦争や衝突が繰り返されてきました。それに終止符を打つためにパレスチナ自治政府とイスラエル政府は、1993年のオスロ合意を契機に和平交渉を開始して、この地域の平和や安定、人々の共存のための話し合いを行ってきました。この交渉は、幾多の困難や中断などに直面しながらも、前に進めるための努力が地道に続けられています。

思いやりとホスピタリティに富んだ人々、歴史的な文化遺産、豊かな自然環境等。パレスチナの魅力は尽きません。


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